ある日、保有銘柄にTOB(公開買付け)が発表される。買付価格には市場株価に対して数十パーセントのプレミアムがついている――こうした局面で、少数株主はどう行動すべきでしょうか。

MBO(マネジメント・バイアウト)や支配株主による完全子会社化は、少数株主が最終的に株式を手放さざるを得なくなる取引です。プレミアムが付されているからといって、それが「公正」であるとは限りません。かといって、プレミアムがついている以上は不公正だと即断できるわけでもありません。

このとき、買付価格の公正さを考えるための道標になるのが、経済産業省が2019年6月28日に策定した「公正なM&Aの在り方に関する指針――企業価値の向上と株主利益の確保に向けて」(以下「M&A指針」)です。

M&A指針は、MBOや完全子会社化における全ての関係者――買収者、対象会社の取締役会、一般株主、アドバイザー――に向けたベストプラクティスを提示する文書です。本記事では、少数株主がこの指針を読み解く際に知っておくべきポイントを中心に、指針の全体像を紹介します。

目次

M&A指針とは何か――策定の背景と位置付け


旧MBO指針からの改訂

M&A指針の前身は、2007年に策定された「企業価値の向上及び公正な手続確保のための経営者による企業買収(MBO)に関する指針」(旧MBO指針)です。旧MBO指針はその名のとおりMBOのみを対象としていましたが、策定から10年以上が経過する中で、判例法理の発展、社外取締役の選任の増加に代表されるコーポレートガバナンス改革の進展、株式保有構造の変化など、M&Aを取り巻く環境は大きく変化しました(M&A指針1.1)。

加えて、MBO以外の取引類型――とりわけ支配株主による従属会社の買収(親会社による上場子会社の完全子会社化)――についても、その意義と課題に関する論点整理が求められていました。こうした問題意識を受けて、経産省は2018年11月に「公正なM&Aの在り方に関する研究会」(座長:神田秀樹学習院大学大学院法務研究科教授)を設置し、7回の審議を経て、旧MBO指針を改訂する形で2019年6月にM&A指針を策定しています(M&A指針1.1)。

指針が対象とする2つの取引類型

M&A指針が直接の対象とする取引は、以下の2つです(M&A指針1.4)。

  • MBO(マネジメント・バイアウト):経営者自身が全部または一部の資金を出資し、一般株主から上場会社の株式を取得して非上場化する取引(M&A指針1.5 a))
  • 支配株主による従属会社の買収:親会社などの支配株主が、上場子会社の一般株主から株式全部を取得する取引(M&A指針1.5 b))

いずれも上場会社の非上場化を目指して行われるケースが対象の中心です。実務上は、公開買付けを行った後にスクイーズ・アウト(少数株主の締出し)を行う二段階買収が典型ですが、株式交換等の組織再編や株式併合による一段階の取引も対象に含まれます(M&A指針1.5 a)、b))。

なお、これら以外の取引類型(第三者割当増資や部分的公開買付けなど)は直接の対象外ですが、一定程度の利益相反が存在する場合には指針を参照することが有益であるとされています(M&A指針1.4)。

法的拘束力はない、しかし無視もできない

M&A指針は法律でも省令でもなく、法的拘束力を持つものではありません。指針自身も「M&Aに新たな規制を課す趣旨で提示するものではない」と明記しています(M&A指針1.3)。

しかし、実務上の影響力は極めて大きいといえます。上場会社がMBOや完全子会社化を実施する際、指針に沿った公正性担保措置を講じているかどうかは、プレスリリースや意見表明報告書で必ず説明されています。

指針は、公正性担保措置が実効的に講じられている場合には、会社法上の「公正な価格」についての裁判所の審査において当事者間で合意された取引条件が尊重される可能性は高くなることが期待され、また通常は対象会社の取締役の善管注意義務・忠実義務の違反が認められることもないと想定されると述べています(M&A指針注1)。

この記載は、二方向の意味を持ちます。買収者・対象会社の側にとっては、指針に沿った手続を踏むことが取引の安定性(事後的な法的リスクの低減)につながるインセンティブとなります。少数株主の側からは、指針に沿った手続が十分に踏まれていない場合に、取引条件の公正さに疑問を呈する根拠となり得ます。

指針が示す2つの原則と2つの視点


第1原則:企業価値の向上

「望ましいM&Aか否かは、企業価値を向上させるか否かを基準に判断されるべきである。」(M&A指針2.3 第1原則)

M&Aそれ自体が企業価値を高めるものでなければならないという原則です。少数株主の立場からは、当該M&Aが「本当に企業価値を向上させるものなのか」を検証する視点が重要です。とりわけMBOについては、非上場化しなくても上場を継続したまま実現可能な施策が多いのではないかという疑念が指摘されています(M&A指針注10)。

第2原則:公正な手続を通じた一般株主利益の確保

「M&Aは、公正な手続を通じて行われることにより、一般株主が享受すべき利益が確保されるべきである。」(M&A指針2.3 第2原則)

少数株主にとって核心となる原則です。MBOや完全子会社化では、経営陣や支配株主が買い手となるため、対象会社の取締役が株主の利益のために行動するとは当然には期待できません(M&A指針2.1.2)。だからこそ、「公正な手続」によって一般株主の利益が確保される必要があります。

指針は、第1原則を満たす企業価値向上に資するM&Aであることを前提に、第2原則に則り公正な手続を通じて一般株主利益が確保されるべきだと整理しています(M&A指針2.3)。企業価値の向上と一般株主利益の確保は、対立する概念ではなく、両立が求められる関係にあるという点は重要です。

2つの基本的視点

上記の原則を実現するための手続を検討する際、指針は2つの視点を示しています(M&A指針2.4)。

視点1:取引条件の形成過程における独立当事者間取引と同視し得る状況の確保

通常のM&Aでは、売り手と買い手がそれぞれ独立した当事者として自己の利益を追求し、交渉の結果として取引条件が決まります。MBOや完全子会社化ではこの前提が崩れるため、手続的に独立当事者間取引と実質的に同視し得る状況を作り出す必要があるという視点です。

なお、この視点は対象会社側の措置を念頭に置いたものであり、買収者側が自らに有利な条件を追求すること自体を否定する趣旨ではないと明記されています(M&A指針注21)。

視点2:一般株主による十分な情報に基づく適切な判断の機会の確保

買い手(経営陣や支配株主)は会社の内部情報に精通していますが、一般株主は公開情報に基づいて判断するほかありません。この情報の非対称性を踏まえ、一般株主が十分な情報に基づいた適切な判断(インフォームド・ジャッジメント)を行える環境を整備するという視点です。

構造的利益相反とは何か――MBOと完全子会社化の共通点と差異


M&A指針が「公正な手続」を要求する根拠は、MBOと完全子会社化に共通して存在する「構造的な利益相反の問題」と「情報の非対称性の問題」にあります(M&A指針2.1.2)。少数株主としてまず理解しておくべきは、この構造です。

MBOにおける利益相反

MBOでは、対象会社の取締役自身が株式の買い手となります。買い手としての経営者は「できるだけ安く買いたい」と考えますが、本来、取締役は株主の利益のために行動すべき立場にあります。この直接的な利益相反が、MBOの根本的な構造問題です(M&A指針2.1.2)。

加えて、経営者は対象会社の内部情報に自由にアクセスできます。市場株価が本源的価値と比較して一時的に過小評価されているタイミングを狙ってMBOが行われるのではないかという疑念も指摘されています(M&A指針注10)。

支配株主による完全子会社化における利益相反

親会社が上場子会社を完全子会社化する場面では、親会社(支配株主)と少数株主との間で利益が相反します。従属会社の取締役は買収対価を低くすることに直接的な利害関係を有するわけではないものの、支配株主が株主総会における議決権行使や取締役の派遣等を通じて子会社の経営に影響力を及ぼし得るという関係上、従属会社の取締役が一般株主の利益よりも支配株主の利益を優先してしまうおそれが指摘されています(M&A指針2.1.2)。

両取引の構造的差異

MBOでは利益相反が直接的であるのに対し、支配株主による買収では間接的です。しかし、支配株主による買収には、支配株主が自己に有利な取引条件を一方的に決定するおそれがMBOに比しても高いとの指摘や、他の潜在的な買収者を想定しにくいため対抗提案を通じた交渉力の強化が期待しにくいとの指摘もあります(M&A指針2.1.3、注12)。

さらに、支配株主による完全子会社化は、一般株主が株主としての地位を失う「最後の取引」であり、事後的に経営を監視する機会もなくなるという点で、通常の支配株主と従属会社の間の取引とは異なるとの指摘も重要です(M&A指針2.1.3、注12)。

指針は、これらの差異を踏まえた上で、公正な取引条件の実現を担保するために特段の実務上の対応が講じられるべきであるという点では両取引類型に一般的・類型的な差異はないと整理しつつ、各公正性担保措置の有効性については取引類型の差異を踏まえた考慮が必要であるとしています(M&A指針2.1.3、注13)。

買収対価をめぐる基本的な考え方――「プレミアム何%なら公正か」に答えはあるか


少数株主が最も気になるのは「買付価格は妥当なのか」という点でしょう。この問いに対して、指針は明確な回答を示していません。

M&Aに際して実現される価値の整理

指針は、M&Aに際して実現される価値を、(a) M&Aを行わなくても実現可能な価値と、(b) M&Aを行わなければ実現できない価値の2つに区別しています(M&A指針2.2.1)。

(a)の価値は一般株主を含む全ての株主がその持株数に応じて享受すべきものです。(b)の価値についても、M&Aによって一般株主はスクイーズ・アウトされるものの、一般株主もその「しかるべき部分」を享受するのが公正であるとされています(M&A指針2.2.1)。

一義的な基準を設けることは困難

しかし、指針は、実際の事案において(a)と(b)の価値を客観的かつ厳密に区別・算定することや、市場株価が(a)の価値をどれほど反映しているかを判別することは困難であるとしています。したがって、「プレミアムが何%以上であれば公正である」といった一義的・客観的な基準を設けることは困難であり、取引条件自体の基準ではなく、取引条件の公正さを担保するための手続の在り方を示すことが指針の役割であると整理されています(M&A指針2.2.2)。

少数株主の立場からは、「手続が公正であったならば、そこで決まった価格は公正である可能性が高い」という指針の論理構造を理解しておくことが重要です。逆にいえば、手続に問題がある場合には、一見妥当に見えるプレミアムが付されていたとしても、取引条件の公正さに疑問が生じ得るということです。

6つの公正性担保措置――指針はどのような手続を求めているか


M&A指針は、取引条件の公正さを手続的に担保するための具体策として、6つの公正性担保措置を提示しています(M&A指針第3章)。

これらの措置について読み解く際に、指針が繰り返し強調している3つの留意点があります。

第一に、全ての措置を常に講じなければならないわけではなく、個別の状況に応じた適切な措置の組合せが検討されるべきこと(M&A指針3.1.1、3.1.2)。第二に、形式上講じられた措置の数よりも、「実効的に講じられた措置が全体として果たす機能の実質が重要」であること(M&A指針3.1.3)。第三に、企業価値の向上に資する望ましいM&Aが阻害されないことの重要性です(M&A指針3.1.4)。

第三の点は、少数株主の視点からは看過されがちですが、指針が明確に意識している論点です。指針は、「企業価値の向上に資する望ましいM&Aに対して阻害効果を及ぼし、または当事会社が過度に委縮することは、一般株主にとってもまた望ましいことではない」と述べています(M&A指針3.1.4)。M&Aによって生じた企業価値の増加分は一般株主にも分配されるべきものであり、そのM&A自体が実行されなければ、分配されるべき利益自体が生じないからです。

(1)独立した特別委員会の設置(M&A指針3.2)

指針が「設置することの意義は特に大きい」とし(M&A指針3.2.3)、公正性担保措置の中で最も重要視する措置です。買収者からの独立性を有する委員で構成され、M&Aの是非、取引条件の妥当性、手続の公正性について検討・判断を行います。

特別委員会の位置付けに関して重要なのは、指針がこの委員会を「買収者および対象会社・一般株主に対して中立の第三者的な立場」ではなく、「対象会社および一般株主の利益を図る立場」に立つものと位置付けている点です(M&A指針3.2.1)。これは企業不祥事における第三者委員会とは性格が異なります(M&A指針注27)。

特別委員会が有効に機能するための実務上の工夫として、指針は主として以下を挙げています。

  • 早期設置:買収提案を受けたら可及的速やかに設置すること。設置時点で既に取引条件が事実上決定されている事態を防ぐ趣旨(M&A指針3.2.4.1)
  • 委員の独立性:買収者からの独立性と、M&Aの成否からの独立性(M&Aの成否に関して一般株主と異なる重要な利害関係を有していないこと)の双方が求められる(M&A指針3.2.4.2 A))
  • 委員の属性:社外取締役が最も適任とされ、独立性を有する社外取締役がいる場合にはその中から委員を選任することが望ましいとされている。社外監査役は補完的な位置付け、社外有識者は専門性を補うために選任することが否定されないという整理(M&A指針3.2.4.2 B))
  • 交渉過程への実質的関与:特別委員会が取引条件の交渉に実質的に関与すること。自ら直接交渉するか、または交渉状況の報告を受けて重要な局面で意見・指示を行う方法が示されている(M&A指針3.2.4.4)
  • 独立したアドバイザーの確保:自らの財務・法務アドバイザーを選任する権限、または対象会社の取締役会が選任したアドバイザーを指名・承認する権限が付与されること(M&A指針3.2.4.5)
  • 情報アクセス:非公開情報も含めて重要な情報を入手し、一般株主に代わって情報の非対称性に対応する機能(M&A指針3.2.4.6)

少数株主としては、開示書類において、特別委員会がこれらの要素をどの程度満たしているかを確認することが重要な手がかりとなります。とくに、委員の独立性に関する具体的な説明の有無や、交渉過程への関与の態様(形式的な事後追認にとどまっていないか)は、注意を払うべきポイントです。

なお、対象会社の取締役会は特別委員会の判断内容を最大限尊重して意思決定を行うことが望ましいとされており(M&A指針3.2.5)、特別委員会の判断と異なる意思決定を行う場合には十分な説明責任を果たすことが求められます。取締役会決議で反対した取締役または異議を述べた監査役がいる場合には、その氏名と理由を開示することも期待されています(M&A指針3.6.2.3 f))。

(2)外部専門家の独立した専門的助言等の取得(M&A指針3.3)

独立した法務アドバイザーからの助言(M&A指針3.3.1)と、独立した第三者評価機関からの株式価値算定書やフェアネス・オピニオンの取得(M&A指針3.3.2)です。法務アドバイザーについては、初期段階からの関与が望ましいとされており(M&A指針3.3.1)、とくに特別委員会の設置や委員の選定プロセスにおいて重要な役割を果たし得ます。

株式価値算定について

株式価値算定は、少数株主にとって最も関心の高い論点の一つです。指針は、DCF法(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法)による算定では、基礎となる事業計画の内容によって結論が大幅に異なり得ることを指摘し、事業計画の合理性やその作成経緯を特別委員会が確認することの重要性を述べています(M&A指針注28)。

ここで注意すべきは、指針が、株式価値算定結果から対象会社が賛同すべき取引条件が「機械的に定まるべきものではない」としている点です(M&A指針3.3.2.1 B))。算定結果はあくまで重要な参考情報であり、これに加えて、事業計画の実現可能性、同種のM&Aにおけるプレミアム水準、M&Aを行わなくても実現可能な価値、想定される企業価値増加効果、代替取引の有無等を総合的に考慮して判断すべきとされています(M&A指針3.3.2.1 B))。

少数株主としては、開示された算定結果の数値だけでなく、算定の前提となった事業計画がどのように作成されたか、特別委員会がその合理性をどう確認したかにも目を向けることが重要です。

フェアネス・オピニオンについて

フェアネス・オピニオンは、第三者評価機関が、合意された取引条件の一般株主にとっての公正性について財務的見地から意見を表明するものです(M&A指針3.3.2.2 A))。株式価値算定書とは異なり、具体的な取引条件の公正性について「意見」を述べるものであるため、より直接的で重要性の高い参考情報となり得るとされています。

ただし、指針は、わが国ではフェアネス・オピニオンの発行主体や発行プロセスに関する規制やルールが存在しておらず、また「公正性」の定義についても十分に共通認識が形成されているとは言い難い状況にあることも指摘しています(M&A指針注56)。フェアネス・オピニオンの取得の要否は個別の事案に応じて判断すべきとされており、必須の措置とは位置付けられていません(M&A指針3.3.2.2 B))。

第三者評価機関の独立性について

第三者評価機関が買収者に対して買収資金の融資等も行っている場合には、その独立性に対する懸念が相当程度大きくなるとされています(M&A指針3.3.2.3)。やむを得ずそのような事態に至る場合には、当該評価機関が得る経済的利益の内容を開示するなど、十分な説明責任が果たされるべきとされています。少数株主としては、意見表明報告書等において、評価機関の報酬体系(成功報酬か固定報酬か等)が開示されているかどうかを確認することが有益です(M&A指針3.6.2.2 c))。

(3)マーケット・チェック(M&A指針3.4)

他の潜在的な買収者による対抗的な買収提案の機会を確保する措置です。対抗提案が出現する可能性があれば、当初の買収者にはそれを上回る条件の提示が促され、対象会社の交渉力が強化されます(M&A指針3.4.1)。

実施方法には、M&Aの公表前に潜在的買収者を探索する「積極的なマーケット・チェック」(入札手続や個別打診等)と、M&A公表後に対抗提案が可能な環境を確保する「間接的なマーケット・チェック」があります(M&A指針3.4.2)。積極的なマーケット・チェックの方がより有効に機能する場合が多いとされる一方(M&A指針3.4.3.1)、情報管理の問題やM&Aの阻害効果の懸念も指摘されており(M&A指針注64)、常にこれを実施することが望ましいとまではされていません。

取引類型による差異が顕著に現れるのがこの措置です。買収者が支配株主でない場合(典型的にはMBO)には有効に機能し得ますが、買収者が支配株主である場合には、既に支配的持分を保有している株主が第三者への売却に応じる意思が乏しい以上、真摯な対抗提案がされることは通常考えにくく、実効性は限定的です(M&A指針3.4.3.2)。支配株主による完全子会社化の場面で「マーケット・チェックが実施されていない」という事実をもって直ちに手続の公正性に問題があるとはいえない場合もある点には留意が必要です。

(4)マジョリティ・オブ・マイノリティ(MoM)条件の設定(M&A指針3.5)

公開買付けにおいて、買収者と重要な利害関係を共通にしない一般株主の保有株式の過半数が応募することをM&A成立の前提条件とする措置です(M&A指針3.5.1)。一般株主の意思を直接確認する手段であり、対象会社の交渉力を強化する効果も期待できます。

少数株主にとっては最もわかりやすい保護措置に見えますが、指針はこの条件について、有効性を認めつつも弊害の指摘にも相当の紙幅を割いています。具体的には、以下の点が挙げられています(M&A指針注74)。

  • 買収者の保有割合が高い場合に、少数の株式を取得するだけでM&Aを容易に妨害できてしまう取引阻害効果
  • パッシブ・インデックス運用ファンドの中には取引条件の適否にかかわらず原則として公開買付けに応募しない投資家も存在するため、MoM条件が本来の機能を発揮しにくい状況があること
  • 会社法上の「公正な価格」が企業価値の増加分の公正な分配分を含むとされているため、取引条件にかかわらず株式買取請求権を行使し得る地位を確保する目的で不応募を選択する戦略的なインセンティブが働きやすいこと

これらの弊害を踏まえ、指針は、MoM条件の設定の要否は個別の事案の具体的状況を踏まえて総合的に判断すべきとし、設定しない場合には他の公正性担保措置を充実させることによって補うことが重要であるとしています(M&A指針3.5.2)。

少数株主の視点からは、MoM条件は設定されるに越したことはないのですが、設定されていないことをもって直ちに手続が不公正であるとはいえないということは理解しておく必要があります。その場合には、特別委員会の実効性や情報開示の充実度など、他の措置がどの程度充実しているかに、一層注意を払うことになるでしょう。

(5)一般株主への情報提供の充実とプロセスの透明性の向上(M&A指針3.6)

情報開示の充実は、少数株主にとって最も身近で、かつ自ら能動的に活用できる措置です。指針は、法令や適時開示規制による開示にとどまらず、自主的に充実した情報を開示することが望ましいとしています(M&A指針3.6.2)。

充実した開示が期待される情報として、指針は主に以下を具体的に列挙しています。

  • 特別委員会に関する情報:委員の独立性・適格性、付与された権限(取締役会による事前決定の有無、アドバイザーの指名・承認権限等)、検討経緯(設置時期、審議回数・時間等)、判断の根拠・理由等(M&A指針3.6.2.1)
  • 株式価値算定書に関する情報:DCF法のフリー・キャッシュフロー予測とその作成経緯、割引率の計算根拠、類似会社比較法における類似会社の選定理由など、一般株主が算定結果の合理性を検証できる程度の情報(M&A指針3.6.2.2 a))
  • 第三者評価機関の利害関係に関する情報:報酬体系(成功報酬か固定報酬か等)(M&A指針3.6.2.2 c))
  • 取引条件に関する交渉の経緯:M&Aを実施するに至ったプロセス、当該時期にM&Aを行う背景・目的等(M&A指針3.6.2.3)

この措置には2つの方向の機能があります。一つは一般株主への直接的な判断材料の提供(視点2)、もう一つは事後的に開示されることを前提として検討・交渉過程の透明性が高まり、より慎重な手続が行われることへの期待(視点1)です(M&A指針3.6.1)。

少数株主にとって、意見表明報告書等の開示書類は、買付価格の妥当性を判断するための最も重要な情報源です。開示の内容が形式的・抽象的なものにとどまっていないか、指針が列挙する情報項目がどの程度網羅されているかを確認することが有益です。

もっとも、実際には価格決定の裁判に至るまで開示されない資料が存在する場合があります。

(6)強圧性の排除(M&A指針3.7)

公開買付けに応募しなかった場合に、応募した場合よりも不利に扱われることが予想される状況(強圧性)を排除する措置です(M&A指針注84)。強圧性が存在すると、買付価格に不満があっても、スクイーズ・アウト後にさらに不利な条件となることを恐れて応募せざるを得ないという判断の歪みが生じます。

指針は、具体的に以下の対応を求めています(M&A指針3.7)。

  • スクイーズ・アウトに際して、反対株主の株式買取請求権または価格決定請求権が確保できないスキームは採用しないこと
  • 公開買付けにより大多数の株式を取得した場合には、特段の事情がない限り、可及的速やかにスクイーズ・アウトを行うこと
  • スクイーズ・アウトの価格は、特段の事情がない限り、公開買付価格と同額とし、その旨をあらかじめ開示すること

少数株主の行動判断に直結する措置です。公開買付けに応募しなくても、スクイーズ・アウト時に同額の対価が支払われること、そして価格に不満がある場合には裁判所に価格決定を申し立てる権利が確保されていることが、「応募するか否か」を冷静に判断するための前提となります。

少数株主の法的権利――株式買取請求権と価格決定の申立て


M&A指針は手続面のベストプラクティスを示すソフトローですが、少数株主が取引条件に納得できない場合の法的な救済手段は、会社法に定められています。指針の手続が尽くされたとしても、その結果として提示された価格が「公正な価格」に達しないと考える場合には、これらの法的権利を行使する選択肢があります。

株式買取請求権

組織再編(合併、会社分割、株式交換、株式移転)等に反対する株主は、会社に対し、自己の有する株式を「公正な価格」で買い取ることを請求できます(会社法第785条第1項、第797条第1項、第806条第1項)。株式併合によるスクイーズ・アウトの場合にも、端数となる株式について同様の買取請求が認められています(会社法第182条の4第1項)。

価格決定の申立て

会社との間で買取価格について協議が調わない場合、効力発生日から30日以内に協議が調わないときは、株主または会社は、その期間の満了日後30日以内に、裁判所に対し価格の決定を申し立てることができます(会社法第786条第2項、第798条第2項、第807条第2項、第182条の5第2項)。

特別支配株主の株式等売渡請求(いわゆるキャッシュ・アウト)の場合には、売渡株主は取得日の20日前の日から取得日の前日までの間に、裁判所に売買価格の決定を申し立てることが可能です(会社法第179条の8第1項)。

「公正な価格」と指針の関係

会社法上の「公正な価格」は、M&Aによって企業価値の増加が生じる場合には、その増加分が各当事会社の株主に公正に分配されたとすれば当該株式が有するであろう価値とされています(M&A指針注16)。

指針に沿った公正性担保措置が実効的に講じられた場合には、当事者間で合意された取引条件が裁判所に尊重される可能性が高まると考えられる一方で(M&A指針注1参照)、公正性担保措置に不備がある場合には、裁判所が独自に「公正な価格」を判断する余地が広がり得ます。価格決定の申立てを検討する際には、手続面の問題点を具体的に特定できるかどうかが、実務上重要な考慮要素となります。

まとめ――開示書類を読み解くためのチェックポイント


M&A指針は、法的拘束力を持たないソフトローでありながら、MBOや完全子会社化の実務を規律する事実上の標準として機能しています。少数株主としてこの指針を活用する際の実践的なチェックポイントを整理すると、以下のようになります。

  • 特別委員会の実効性:設置されているだけでなく、早期に設置されたか、委員の独立性は確保されているか、交渉過程に実質的に関与しているか、独立したアドバイザーを確保しているか
  • 株式価値算定の前提:算定の基礎となった事業計画はどのように作成されたか、特別委員会による合理性の確認を経ているか、割引率等の計算根拠は開示されているか
  • 第三者評価機関の独立性:買収者との間に融資等の利害関係はないか、報酬体系は開示されているか
  • マーケット・チェック:取引類型を踏まえて適切な方法が選択されているか(ただし支配株主による買収では実効性が限定的であり得る)
  • MoM条件:設定されているか、設定されていない場合には他の措置でどう補われているか
  • 情報開示の充実度:指針が列挙する開示項目がどの程度網羅されているか、形式的・抽象的な記載にとどまっていないか
  • 強圧性の排除:スクイーズ・アウト時の価格が公開買付価格と同額とされているか、株式買取請求権・価格決定請求権が確保されるスキームとなっているか

もっとも、これらのチェックポイントは、指針が示す枠組みの一端にすぎません。指針自身が述べるとおり、個別のM&Aは多様であり個別性が高いため(M&A指針3.1.2)、形式的なチェックリストとしてのみ用いるのではなく、各措置が全体としてどのような機能を果たしているかを実質的に評価することが重要です。

また、公正性担保措置が形式上は整っているように見えても、それが「実効的に機能」していたかどうかは、開示書類からだけでは判断しきれない場合もあり得ます。公開買付けに応募するか、応募せずに株式買取請求権や価格決定の申立てを検討するかの判断は、個々の案件の具体的な事情によります。開示書類を丁寧に読み込んだ上で、必要に応じて専門家に相談されることをお勧めします。

今後の記事では、価格決定申立てに関する裁判例の動向など、指針をめぐるより具体的な論点を順次取り上げていく予定です。

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